「母の味を、そのまま皆さんに食べていただきたいんです」
そう穏やかに語るのは、「おはぎ屋もともち」の店主・本持美智惠さん。
山中湖で生まれ、富士山の周りでずっと暮らしてきたという、生粋の“富士山のふもと”の人だ。
珍しい名字「本持(もともち) 」をそのまま屋号にした小さなお店は、河口湖駅近く、お米屋さんの二階にひっそりと佇んでいる。
丸窓の向こうには、麻の葉模様のフィルム越しに富士山。組子のトレーにのったおはぎと抹茶を前に、思わずため息がこぼれるような安らぐ空間だ。
けれどこの店の物語は、もっとずっと深いところ——
ひとりの母が、家族とご近所のために作り続けた「おはぎ」から始まっている。
「人に分けたい人だったんです」
本持さんのお母さまは、作るばかりで自分ではあまり食べなかったという。
「季節ごとに、必ず何かを作る人だったんです。お彼岸のおはぎ、冬至のかぼちゃ、お月見の団子。自分が食べたいんじゃなくて、人に分けたい、喜んでもらいたい。そういう人でした」
近所のおばあちゃんたちが集まって、お母さまが作ったおはぎを食べながらお茶を飲む。そんな光景を、本持さんは幼い頃からずっと見て育った。
その「おすそわけ」の気持ちは今、彼女自身にも受け継がれている。煮物を多めに作った時は、階下に住む一人暮らしの大家さんに届けているそうだ。
「お隣がどなたか分からない、ご挨拶もしない。そういうのはちょっと寂しいかなって。日本の昔の良さみたいなものを、このお店を通して伝えていけたらいいなと思っています」
「塩加減で決まるんだよ」

お母さまが病弱だった最期の3年間、本持さんはずっと付き添いをしていた。三姉妹の末っ子で、当時独身だった彼女だけが、ずっとお母さまのそばにいられたそうだ。
その時間のなかで、お母さまは料理のコツを少しずつ伝えた。そのひとつが、おはぎだった。
「おはぎのあんこの炊き方も、全部教えてくれました。私が好きなこしあんの作り方も。『あんこはね、塩加減で決まるんだよ』って、何度も言ってて。最後のひとつまみの塩で味が締まる。塩が少ないと味がぼやけちゃうんだって」
煮物も、お吸い物も、最後の一つまみの塩で味が締まる。その教えを、本持さんは35年経った今も守り続けている。
「うちのおはぎ、甘さは控えめなんですけど、しっかりと旨味は感じていただけると思います。その辺が多分、ポイントなんですよね」
自分のおもてなしを、貫く

高校卒業後、本持さんはずっとサービス業に携わってきた。実家は保養所を経営しており、幼い頃から「お客さまをもてなす」ことが日常だった。
「人と接することが本当に好きなんです。人と話して、いろんな方とお知り合いになれるって、すごく世界が広がるし、楽しいことだと思っていて」
店長職も経験した。しかし、どこで働いても『少しの違和感』がついて回った。
”自分のやりたいサービスや、自分なりのおもてなし。それを貫くには、自分の店を持つしかない——”
60歳の定年を目前にして、本持さんは決断した。
「だったら、自分の店をやろう」と。
何の店をやろうかと考えた時に真っ先に浮かんだのが、幼い頃から食べてきた、お母さまのおはぎだった。
本持さんにとってお母さまのおはぎは、春と秋のお彼岸にしか食べられない特別なごちそうだったという。
「私に何ができるかなって考えた時に、ずっと母が作っていたおはぎがあったんです。それを皆さんにも食べてもらえたら、どんなにいいかなって」
「あなただったらいいよ」

働きながらの店舗探しは難航した。河口湖駅周辺には空き物件がほとんどなく、不動産屋を回っても成果はなかった。
しかし転機は、意外なところから訪れた。
本持さんが働いていた店に、毎日米を届けてくれていた米屋の大家さん。何気ない会話を重ねるうちに、彼女の人柄を知ってくれていたのだ。
「米屋の2階に、店主の亡くなった奥様がパッチワーク教室をしていた部屋があって。もう倉庫みたいになっていて、貸すつもりは全くないって話だったんです。でも、『あなただったらいいよ』って」
入ってみると、正面に富士山。窓から差し込む光。
ここしかない、と思った。
「どんなところにどんなご縁があるか、本当に分からないですよね」
「日本の文化を、満喫できる空間に」

店内には、和の小物が並ぶ。
組子細工のトレー、麻の葉模様のフィルムを貼った丸窓、蓮の花をかたどった手作りのインテリア。
「海外の方にとっては、きっとちょっと嬉しい空間なんじゃないかなって。富士山も見れて、日本のグッズがあって。皆さん、いろんなところで撮影していかれますね」
おはぎは組子細工のトレーに載せて提供する。京都から取り寄せた抹茶を、茶筅で点てて出す。
「商売としてっていうよりも、日本に来てくれて、河口湖を選んでくださって、すごく嬉しいじゃないですか。日本の文化を楽しんでください、旅行を楽しんでくださいっていう、そんな気持ちでお出迎えしてるんです」
「関所に寄らないと、姉さんに怒られるから」

記憶に残るお客さまの話を2つ伺った。
一つは、台湾から来たご夫婦が3日連続で店を訪れたエピソードだ。
「四季のセット」という4種類のおはぎを、一人一箱ずつ。3日間毎日、同じものを頼んでくれたのだという。
それだけでも印象的だが、話はそれで終わらない。
なんと翌年も再来日し、その時には本持さんが好むストールをプレゼントしてくれた。来年1月にまた来るという連絡が、もともちさんのInstagramに届いている。
「日本全国、いいところがたくさんあるじゃないですか。その中で河口湖を選んで、うちに来てくれる。それがすごく嬉しくて。思い出すと涙が出そうになります」
また、甲府から通う常連の3人組は、本持さんのことを「姉さん」と呼ぶ。河口湖に来るたび、「関所」と称してこの店に立ち寄ってくれるのだとか。
「インスタで見られちゃうから、関所に寄らないと怒られるって冗談言いながら(笑)。そうやって親しく思ってくれて。もう、サービス業冥利に尽きるというか、やっててよかったなっていう瞬間を、つくづく感じます」
「夢は大きく、全世界に」

最近、本持さんはTikTokライブを始めた。毎朝6時から3時間、仕込みの様子を配信している。
「無添加で手作りしてるっていうのが見れるから、お取り寄せの注文がすごく増えたんですよ。100人以上が視聴してくれる日もあるんです」
60歳を超えてからの挑戦。
無謀かもしれない、と思った。けれど、やってみたら「すっごい楽しい」のだという。
「人生一度きりなんで、やりたいと思ったことはチャレンジする。それで失敗しても、その時にまた考えればいい。やらなければ一歩も進めないので」
YouTubeにも挑戦したい。全世界に発信したい。
「全世界に、母の味を食べてもらう。それが夢です。」
編集後記
「自分が食べたいんじゃなくて、人に分けたい、喜んでもらいたい人だったんです」
本持さんが語ったお母さまの姿は、そのまま彼女自身の姿でもある。
おはぎを作ること。それを誰かに食べてもらうこと。
そして、心を込めた”おもてなし”に「ありがとう」の言葉が返ってくること。
その循環のなかに、本持さんの幸せがある。
35年前、お母さまから受け継いだ塩加減。お彼岸にしか食べられなかったあの味が今、河口湖で提供されている。
そして世界中から来た旅人たちが、「美味しかった」と言って帰っていく。
「お隣が誰か分からない時代」に、あえて「おすそ分け」の文化を守り続ける。それは懐古趣味ではなく、「何かあった時に助け合える」日常を作るための、静かな積み重ねだと感じる。
TikTokライブで世界に発信しながら、階下の大家さんに煮物を届ける。そのどちらも、本持さんにとっての自然体だ。
ルーツを大切にしながら、新しいことに挑戦し続ける。60歳を超えてなお「一歩進む」ことを恐れない姿勢。
そこに、今を生きるヒントがあるように思えた。
- 住所:〒401-0301 山梨県南都留郡富士河口湖町船津3628-5 2F
- アクセス:富士急行線 河口湖駅から徒歩3分
- TEL:0555-73-8370
- 営業時間:
4月〜11月 11:00〜18:00
12月〜3月 11:00〜17:00 - 定休日:毎週水・木
<HP・SNS>
- 公式HP:https://ohagiyamotomochi.com/
- Instagram:https://www.instagram.com/ohagiya_motomochi/
- TikTok:https://www.tiktok.com/@ohagiyamotomochi
<MAP>

